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元奴隷女性ハリエット・アン・ジェイコブズが記した『ある奴隷少女に起こった出来事』に、私たちは何を学ぶのか。【VOGUE BOOK CLUB|治部れんげ】 - VOGUE JAPAN

『ある奴隷少女に起こった出来事』
ハリエット・アン・ジェイコブズ著
堀越ゆき訳
新潮文庫

アメリカの各都市で”Black Lives Matter(BLM:黒人の命は大切)”を訴えるデモが広がっている。背景には構造化された黒人差別があり、それを遡るとアメリカの奴隷制度にいきつく。

「奴隷制度」という言葉を見た時、多くの人が想起するのはアメリカ南部の大規模農場で綿花やサトウキビの生産に携わる過酷な労働に従事する黒人の姿だろう。こうした人々は鞭打たれ、動物のように売買される――小説や映画が繰り返し描いてきたシーンだ。

こうした奴隷制度のイメージから、しばしば抜け落ちているものがある。それは、性暴力だ。

本書『ある奴隷少女に起こった出来事』は、実在するアフリカ系アメリカ人による自伝である。彼女は白人男性の主人による性虐待、強姦を黙って受け入れる以外の選択肢がなかった黒人女性奴隷の絶望的な境遇を次のように記している。

「もし、きれいな少女に生まれたならば、最も過酷な呪いをかけられて生まれたのと同じこと――白人女性であれば称賛の的となるうつくしさも、奴隷の少女に与えられれば、人生の転落が早まるだけだ」

なぜなら、黒人奴隷の少女は人間ではなく、白人の主人の財産だったからだ。彼女が主人から何をされても当時の法律は彼女を保護せず、主人を罰しなかった。本書が描くおよそ200年前、アメリカ南部の奴隷州の法制度は、多くの白人男性を性暴力加害者にしたのである。

白人の主人が女奴隷との間にもうけた「肌の色がまちまちな子ども」達がいることは、南部の家庭では当たり前だった、と著者は記す。それは、結婚に甘い夢を描いて家庭に入った白人の妻を「嫉妬と憎しみ」に突き落とす。女主人は怒りを夫や制度には向けず、女奴隷に対する虐待という形で表したという。

かつて奴隷は合法的に「人間」ではなく「財産」だった。

アメリカ南部で撮影された、19世紀半ばの黒人奴隷と思われる女性と子どもたち。Photo: Hulton Archive/Getty Images

本書で「リンダ」の人生として描かれるのは、著者ハリエット・アン・ジェイコブズの実体験だ。リンダもまた、美しさゆえに不幸を背負った奴隷少女だった。家事手伝いに従事していた彼女は農場での過酷な労働はしなくてすんだ。一方で15歳頃から、主人から性的な嫌がらせを受け、愛人になるよう誘われ続ける。妻である夫人はそれを知って嫉妬に狂い、彼女に様々な意地悪を言う。リンダ自身は主人を生理的に嫌悪しており、いかなる誘いにも乗らなかった。

当時、南部には自由黒人と呼ばれる立場の元奴隷たちがいた。白人の主人が人道的な見地から個人的に奴隷を解放することがあったためだ。また、奴隷がお金を貯めて自分自身で自分を買い取り、自由な身分を得ることもあった。リンダの祖母はそんな自由黒人のひとりで、孫たちを買い取るべく、貯金をしていたそうだ。また、同じ街には同情心から彼女を買い取ってくれようとする白人もいた。

しかし、リンダに執着する主人は頑として彼女を売らず、愛人にする計画を進めていく。一計を案じたリンダは、別の白人男性の愛人となり、その子どもを身ごもることで主人を退けようとするのである。物語は、彼女が残酷で好色な主人の家から逃亡し、7年間ものあいだ、高さ90cmしかない、日が差さない屋根裏に隠れ住み、やがて北部に移住して自由を獲得するまでを描いている。

奴隷制度は今でこそ、誰もが悪だと言う。しかし当時、それは合法だった。奴隷は「人間」ではなく主人の「財産」であり、その逃亡を助けることは他人の財産権の侵害とみなされたのである。このように、法が人の道に外れることを要求する時、あなたなら、どうするだろうか。

時代を超えて読み継がれる本には、普遍性がある。本書は残酷な制度にもかかわらず、それに背いて、逃亡奴隷を助けた多くの人をも描いている。そこには白人も黒人も男も女もいた。リンダに隠れ家を提供し、食料を運び、危険を知らせた人々は、自身の行動が発覚した場合、おそろしい目に遭うことを承知していた。リンダを北部に送り届けた船の船長は白人男性であり、彼女に子守の仕事を与え、追手から守ったのは白人女性だった。最終的に、この女性は自分がお金を払ってリンダを買い取った後、彼女を自由にするのである。

正義や倫理の観点から、このような行動を取る人がいる一方、黒人による裏切りもあった、と本書は記している。家族のように共に暮らした黒人奴隷を、経済的に困窮してくるとモノとして売り飛ばしてしまう白人もいた。

私たちは本当の自由を手にしているだろうか。

アメリカから始まったBLM運動は瞬く間に世界に広がり、ヨーロッパ各地でも抗議運動が活発化した。写真はスペインのバルセロナで"I Can't Breathe"と書かれたマスクを着けてデモに参加した女性。Photo: David Ramos/Getty Images

読み進めるうちに、考えずにはいられなくなるだろう。もし、自分が200年前のアメリカ南部で生きているとしたら、一体、どんな行動をとっただろう、と。もし、あなたが当時の白人女性だったとしたら、過去を語らない黒人女性を家に招き入れて仕事を提供するだろうか。もし、あなたが船や馬車を運転している白人男性だったとしたら、積み荷の中に隠れている逃亡奴隷を保安官に突き出すだろうか。それとも、知らぬ顔をして目的地まで運び、そっと逃がすだろうか。

いちばん大きな問いは、もし、自分がリンダの立場だったら、ということだ。自分が人間ではなく「もの」「財産」として扱われる世界で、逃げたら殺されるような状況にいたら、どうしただろう。大嫌いな主人から愛人になれ、と迫られ拒み続けることができるだろうか。受け入れたら、それなりに安定した、奴隷としては恵まれた生活があるとして、果たして拒み続け、逃げる勇気を持てるだろうか。

この本を翻訳したのは、英文学者や翻訳家ではなく、M&A(企業の買収・合併)に関する助言を専門とするグローバル企業で働くコンサルタントだ。もし、本書の購入を迷っている人がいたら、心を揺すぶられる訳者あとがきを、まずは読んでみてほしい。

今の日本は、制度上は基本的人権が保障され、人が人を売買することはできない。教育を受ける権利や職業選択の自由もある。その一方で、多くの人々が気づかぬうちにグローバル資本主義に組み込まれ、市場原理によって、できることとできないことが知らぬ間に決まっている現状がある。制度上は自由なつもりの人々も、経済的な制約を大きく受けていることがある。

BLMのデモを見ながら、様々なことを考えている人に、本書を読んでほしいのは、その問いかけが今に通じるものだからだ。今ある法律は、果たして公正なものなのか。もし、法や司法制度が公正でないとしたら、私たちはいかにして、それに抗うことができるのか。生まれつき変えられない属性によって、経済的に著しく不利な状態になっている人はいないか。

そして、もし、制度が人の道に外れるとしたら、私たちはいかなる手段でそれを変えることができるのか。

Text: Renge Jibu

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July 04, 2020 at 10:02AM
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